男性と女性の股間強打の痛みの違いを知る手法として、発生学的に考える方法があります。しかし、睾丸の持つ特徴をクリトリスが持っていないからと言って、マン的が男性ほど痛くないと断じるのは軽率です。女性は男性に何を言われようとも女性自身の股間を守るべきです。

相同の器官
男性器と女性器は元は同じ
男子も女子も妊娠第7週まで性器は同じ形です(未分化)。外見上、性器のようなもの(原始生殖腺)は存在していますが、男性、女性の特徴が現れないため、男性か女性かを特定することができません。
原始生殖腺はそのまま発生すると女性器になります。しかし、男の胎児はY染色体を持っているため、妊娠第8週以降にY染色体の中にあるSRY遺伝子(Y染色体男性決定遺伝子、Sex-determining region Y)が生殖腺を精巣へと変化させます(Figure 1)。さらに、精巣から男性ホルモンが放出され、男性器が作られていきます。SRY遺伝子がなければ女性器になります。

このように、男性器と女性器は形や機能は違いますが、発生源が同じなので基本構造が似ています。同じ起源を持つ器官のことを発生学的に「相同の器官」といいます。
ほ乳類の性決定遺伝子Sryの発現制御メカニズムの解明に成功 -人間の性分化疾患の原因解明に期待-(京都大学)2013年9月6日
https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/archive/prev/news_data/h/h1/news6/2013/130906_1
男女間の相同器官
男性器と女性器は、精巣と卵巣、陰嚢と大陰唇、陰茎と陰核が対応しており、それぞれ相同の器官です(Figure 2、Table 1)。

| 男性器 | 女性器 | |
|---|---|---|
| 1 | 膀胱・尿道 | 膀胱・尿道 |
| 2 | 陰茎海綿体 | クリトリス海綿体 |
| 3 | 陰茎(ちんこ) | 陰核(クリトリス) |
| 4 | 前立腺 | スキーン腺(尿道傍腺) |
| 5 | カウパー腺(尿道球腺) | バルトリン腺 |
| 6 | 精巣(金玉) | 卵巣 |
| 7 | 陰嚢(玉袋) | 大陰唇(まんこ) |
| 8 | 精管 | 卵管 |
| 9 | 直腸・肛門 | 直腸・肛門 |
睾丸と卵巣
睾丸も内臓である
睾丸(金玉、Golden Balls)と卵巣(Ovary)はともに生殖隆起(Gonadal ridge)から発生する相同の器官であり、神経支配や痛みの伝達経路に共通点があります(Figure 3)。
睾丸と卵巣は「内臓」であり、強打すると鈍くて広がるような不快感を感じます。その部分に痛みが発生すると次の瞬間、腹部全体が痛み始め、次に肩や首が痛み、全身に波及します。また、いずれも交感神経はT10~L2の脊髄神経から出ているため、痛みの投射パターン(Referred pain)も似ています。

生殖器系の形成(京都大学 大学院医学研究科 人間健康科学系専攻 病理学研究室)Kyoto University, Graduate School of Medicine, Human Health Science, Laboratory of Pathology (Human Morphogenesis)
http://www.hs-kyoto.net/?page_id=8009
睾丸が最強に痛いのは事実
金的の痛さは全世界共通であり、いまさら詳しく説明する必要はありません。
金玉は内臓なのに外にぶら下がっています。精子形成に関わる酵素は高温に弱く、精子形成が著しく低下するため、精巣の温度は体温より約2〜3℃低いのが正常です。そのため、睾丸は体の外にぶら下がる陰嚢(玉袋、scrotum)に収められており、自然に体温より低く保たれる構造になっています。
- 正常な体温:36.5〜37.0°C
- 精子形成に最適な温度:34〜35°C
しかし、外にむき出しになっている金玉は金的の標的となります。睾丸は薄い皮膚の金玉袋しかないため防御できず、軽い衝撃(軽くはじくだけ)でも激しい痛みを伴うことがあります。睾丸への強い刺激や痛みによって、自律神経系の反応としてショック症状(めまい、吐き気、冷や汗、血圧低下など)が引き起こされる可能性はあります。睾丸の激痛で心臓発作になることもあります。
卵巣は体内にあり脂肪や骨盤に守られているので直撃の痛みはありません。女性器を強打すると骨盤等を通じて卵巣にも響くことがありますが、金的ほどではありません。
男性が「急所を蹴られると地獄のように苦しい理由」が科学的に説明される(rocketnews24)
https://rocketnews24.com/2014/05/16/442411/
ペニスとクリトリス
クリトリスはペニスみたいなもの
クリトリス(陰核、Clitoris)は亀頭だけ体外に露出しており、ほとんど体内に隠れています(Figure 4)。

ペニス(陰茎、Penis或いはTinko)とクリトリスは、どちらも生殖結節(genital tubercle)から発生する相同の器官です。断面の構造はかなり似ています(Figure 5)。

男の胎児が妊娠第6〜12週頃に、男性ホルモンであるアンドロゲン(テストステロン)の影響を受けることによって、生殖結節はペニスへ分化します。アンドロゲンがなければ、クリトリスへ分化します(Table 2)。
| 胎児構造 | 男性に分化 | 女性に分化 |
|---|---|---|
| 生殖結節(genital tubercle) | ペニス | クリトリス |
| 陰部ひだ(urogenital folds) | 尿道 | 小陰唇 |
| 陰部隆起(labioscrotal swellings) | 陰嚢 | 大陰唇 |
ペニスとクリトリスの対応関係
ペニスとクリトリスは、尿道の位置や器官の大きさの違いはあるものの、内部構造が対応しています。(Figure 6、Figure 7、Table 3)。

| ペニス | クリトリス | |
|---|---|---|
| 亀頭 Grans | 陰茎亀頭 | 陰核亀頭 |
| 体部 Shaft | 陰茎体部 | 陰核体 |
| 球根 Bulbs | 陰茎球(尿道海綿体) | 前庭球 |
| 脚部 Crus | 陰茎脚(陰茎海綿体) | 陰核脚(陰核海綿体) |
| 包皮 | 陰茎包皮 | 陰核包皮 |
| 小帯 | 陰茎小体 | 陰核小体 |

Intelligence, Female Orgasm, and Future Discovery (Chapter 8)
https://www.cambridge.org/core/books/abs/our-genes/intelligence-female-orgasm-and-future-discovery/E09D39698E0AB78771BB6A3CDC4FBD83
Publisher: Cambridge University Press Publication year: 2022
Our Genes A Philosophical Perspective on Human Evolutionary Genomics , pp. 226 – 261
ペニスもクリトリスも勃起する
ペニスとクリトリスはともに性的興奮で勃起する海綿体(Corpus cavernosum、Figure 8)を持ち、陰部神経(Pudendal nerve)が支配し、血管の構造、感覚の敏感さ、包皮がある点など解剖学的に類似しています。

相同器官の神経
類似しているが同じではない
男女間の相同器官は、発生学的に同じ起源をもち、神経の基本構造も似ていることが知られています(類似していることを利用して性転換手術や感覚再建手術が行われています、Figure 9)。

しかし、最終的に神経の本数や分布が「完全に同じ」と考えるのは間違いです。
発生学的に相同の器官は、あくまで「由来が同じ」というだけであって、性遺伝子、性ホルモンの影響で外見上の形状が変わるだけでなく、全く異なる機能の器官に変化しています。それにともなって神経の性質も変質すると考えるのが自然であって、痛覚神経だけ変わらないと考えるほうがむしろ不自然です。
ラットなどの動物実験では、去勢した雄や、テストステロンを与えた雌の神経密度や感覚反応が変化することが示されています。このことからも、性ホルモンが神経分布の差異に直接関与していると考えられています。
神経枝の刈り込み
男女の外性器は、胎児期の中期である妊娠第8週〜20週頃に、性ホルモン(特にテストステロン)の影響を受けて分化します。同じ発生源であっても、性ホルモンの影響によって器官の成長のしかたが変わるため、それに伴って神経の編成も異なってきます。
男の胎児は、ペニスが成長して大きくなる過程で、神経も伸びて分布が広がるが、密度は相対的に薄くなる傾向があります。また、動物実験によって、オスは、性ホルモンの影響により神経枝の刈り込みがある(一部の感覚神経が成長後に減少する)ことが示されています。
過剰な神経枝の刈り込み(プルーニング、Pruning)とは、発生や成長の過程で一度伸びた神経の一部が意図的に除去される生物学的なプロセスです。胎児期から乳児期にかけて、神経細胞(ニューロン、Neuron)は非常に大量の枝を伸ばしますが、これらの神経接続がすべて適切なわけではありません。成長の過程で不要な神経接続を選択的に切断・除去(刈り込み)して、効率的で正確な神経回路を作っていきます。
これに対して、女の胎児にあるクリトリスは相対的に小さく成長しますが、感覚器官としての神経密度が非常に高く維持されます(Figure 10)。最近の研究により、エストロゲン主体の環境では神経枝の刈り込みが少ない(神経が多く残っている)可能性が示唆されています。

Neurovascular anatomy of the developing human fetal penis and clitoris(発達中のヒト胎児の陰茎とクリトリスの神経血管解剖)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC11161816/
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/joa.14029
Sena Aksel, Amber Derpinghaus, Mei Cao, Yi Li, Gerald Cunha, Laurence Baskin
Journal of Anatomy 2024 Feb 28;245(1):35–49.
Development of the Human Penis and Clitoris(人間のペニスとクリトリスの発達)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6234061/
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0301468118300938
Laurence Baskin, Joel Shen, Adrian Sinclair, Mei Cao, Xin Liu, Gerry Liu, Dylan Isaacson, Maya Overland, Yi Li, Gerald R Cunha
Differentiation Volume 103, September–October 2018, Pages 74-85
ペニスとクリトリスの痛さの違い
最新の研究では、人間のクリトリスには1万本以上の神経線維が存在することが判明しました。
ペニスの神経が約4000本であることから、本数だけで言えばクリトリスは2.5倍以上敏感であると考えられます。神経が多いのは性的に快感ではありますが、外部からの衝撃、性感染症や陰部神経の圧迫など、さまざまな状態によって痛み(クリトリス痛)が生じやすくなります。
Pleasure-producing human clitoris has more than 10,000 nerve fibers(快感を生み出す人間のクリトリスには1万本以上の神経線維がある)
https://news.ohsu.edu/2022/10/27/pleasure-producing-human-clitoris-has-more-than-10-000-nerve-fibers
OHSUオレゴン健康科学大学医学部
クリトリスは恥骨に固定されていて、直撃すると「焼けるような痛み」または「切られたような鋭い痛み」を感じることから、ペニスや睾丸を蹴った時の痛みとは異なる痛みであることが分かります。
女性も痛いのは事実
痛みの神経の基本
痛みを感じる神経は強さを伝えることはできず、痛みの有無を伝えることしかできません。一撃で多くの神経が反応した場合に強い痛みを感じます。神経が密集していれば反応する神経の数も多くなり、強い痛みを感じます。
性別関係なく神経が集中している股間を蹴られれば痛いです。特に、クリトリスは恥骨結合に固定され、小さい器官の中に大量の神経が密集しているのですから、打撃がクリトリスに命中すれば強烈な痛みを生じることは明らかです(Figure 11)。

クリトリスに命中するマン的は、女性が長時間立てなくなり担架で運ばれるほどの威力があります。打撃によってクリトリスの神経を損傷し、最悪の場合は一生、性的に「無感」になることもあるのです。
痛みが共有されにくい
男性の股間は正確に真上に蹴り上げなくても痛いです。内もものミドルキックをすれば当たって屈強な男性が地面に倒れて苦しみます。この痛みは全世界の男性が理解できます。
これに対して、女性のクリトリスは、脚を開いた状態で、下から上向きに突き上げるような膝蹴りをしないとヒットしません。太ももを蹴っただけではなかなか当たらないので、女性が「本物のマン的」を経験することが少ないのです。
そのため「マン的=恥骨の骨に響くような痛み」などと誤った認識が広まり、「本物のマン的」の痛みが共有されにくいのです。
男女の比較はナンセンス
男女の股間蹴りの痛さの違いを知ることは大事ですが、男女の痛さを比べるのはナンセンスです。金玉とクリトリスは相同ですらなく、比較したところで股間強打によって生じる医学上のリスクが減るわけでもないのです。
女子の性器は柔らかい組織でできており、特に若年の女性は簡単に腫れ上がり、排尿困難となります(Figure 12)。

男性にはないリスクがあり、外陰部打撲、血腫、裂傷等の外傷を負うこともあります。女子の股間強打を軽視すればするほど治療が遅れます。
女子格闘技で股間攻撃が反則になるのは「痛さや医学上のリスクだけの問題ではない」ということも認識しておかなければなりません。
女子の股間を知ることは大事
男女でお互いに股間の痛みを理解しあうことは非常に困難ですが、痛みのメカニズムを知ることは極めて大事です。
男性コーチが女子アスリートを指導することもあれば、その逆もありますから、身体の痛みとケアの方法については性差を含めて理解するように普段から努力するべきです。
女子の股間の痛みについて事前に学習することは決してセクハラではなく、股間を押さえて痛がる女子選手を嘲笑して放置する方がむしろ問題なのです。股間強打の危険性を認識するとともに、「女子選手も必ず防具を着用すること」を強調しなければなりません。









