自転車のサドルに座ると、女性の外陰部、特にクリトリスや外陰唇、尿道口付近に圧力がかかることがあります。また、長時間乗っていると、会陰部(膣と肛門の間の部分)にも負担がかかりやすくなります。

サドルと坐骨結節
坐骨結節
坐骨結節(ざこつけっせつ、Ischial tuberosity或いはTuber ischiadicum)は骨盤の下部にある左右に2つ突出した硬い骨の出っ張りで、人間が椅子や床に座るときに体重を支える重要な接地点です(Figure 1)。

普通に座った場合でも、片側の坐骨結節に体重の半分以上の荷重と動作時の加速力が瞬間的に加わることがあります。それでも骨折しないよう、非常に硬くかなり高い圧縮強度(50〜150MPa程度と推定)を持っています。これは大理石や高層ビル用コンクリートに匹敵する強度です。周囲の軟部組織に炎症が起こることがあっても、骨自体は何十年と酷使しても基本形状はほぼ変わりません。
坐骨結節は皮下脂肪・筋肉に覆われているため、脚を伸ばした状態で位置を確認するのは難しいです(Figure 2)。膝を曲げて尻を触るとすぐに分かります。左右の尻の下にゴリっとした硬い骨があり、指先で少し押すと硬くて丸い感触があります(Figure 3)。


座位と坐骨結節の位置
坐骨結節は骨盤の一部であり、骨盤以外の他の関節の影響を受けないので、骨盤の前後左右の傾きが変わらない限り、基本的に位置が変わることはありません。つまり、脚を曲げたり膝を曲げたり、体育座りや女の子座りをしても坐骨結節が接地して身体を支えるのは変わりません(Figure 4)。

自転車に乗って脚の曲げ伸ばしをしても坐骨結節の位置は変わりません。自転車のサドル(saddle)は、人間の尻を乗せるための椅子であり、極端な前傾や左右に骨盤を傾けない限り、左右の坐骨結節がサドルの上に乗ります(Figure 5)。
坐骨結節の位置を知ることは、正しいサドルを選ぶのに極めて重要です。

上三角と下三角
骨盤の下部である骨盤底には、左右の坐骨結節と会陰部を横向きに結ぶ浅会陰横筋(Superficial Transverse Perineal Muscle)があります。女性の浅会陰横筋は男性より横に長く、坐骨結節の幅(坐骨結節間距離)が広いのが特徴です(Figure 6、Figure 7)。


女性の外性器は浅会陰横筋を境に、前部の尿生殖三角と後部の肛門三角に分けられます(Figure 8)。
- 尿生殖三角(Urogenital triangle):左右の坐骨結節と恥骨結合を結ぶ三角
- 肛門三角(Anal triangle):左右の坐骨結節と尾骨尖端を結ぶ三角



外見上、自転車のサドルが女性のクロッチ部分を押さえつけ、尿生殖三角と肛門三角を圧迫しているように見えますが、実は坐骨結節の2点のみで体重を支えています。女性があえてサドルの細い部分に大陰唇を押し付けない限り、大陰唇に強い圧力がかかることはありません(Figure 9)。

女性器の各部位との位置関係
通常、女性が自転車に乗ると上体が起きた直立に近い姿勢のため、常に坐骨結節が圧迫されます。ロードバイクなどのスポーツサイクルでは、前傾姿勢となるため坐骨結節の2点を中心として、前の尿生殖三角に圧力がかかることがあります。
正しい座り方では、坐骨結節がサドルにしっかり乗り、女性器や会陰、肛門には直接体重がかからないことが理想です(Figure 10)。

尿生殖三角(前)
尿生殖三角のなかにある女性生殖器(特に膣口やクリトリス)は坐骨結節よりも前方かつ中央付近にあります。坐骨結節がサドルに乗って体重を支え、それより中央にある女性器への直接の圧迫は避けられることが理想です(Figure 11)。しかし、サドルの形状やポジションによっては女性器の周辺が圧迫されやすいので注意が必要です。

大陰唇、小陰唇
大陰唇は皮膚と脂肪組織からできている柔らかい外陰部の部分で、骨ではありません。大陰唇と小陰唇は坐骨結節より中央寄りにあるため、直接の支持点ではなく、強く圧迫されることはありません。しかし、坐骨結節に正しく体重が乗っていなければ、圧迫や摩擦を受けやすい部分です。
女児が子供用自転車で細く堅いサドルを使用した場合に「サドル外傷(saddle injury)」と呼ばれる外陰部裂傷が起こったことが報告されています(Figure 12)。小児は大人と比べて、大陰唇の組織が軟弱であり、脂肪組織が十分に無いため、少し擦れただけで傷になることがあります。サドルが坐骨結節にあっていない場合は大陰唇、小陰唇に出血を伴う傷を負うことがあります。

自転車のサドルによる外陰部外傷(日本小児科学会こどもの生活環境改善委員会、Injury Alert傷害注意速報No.15)
https://www.jpeds.or.jp/modules/general/index.php?content_id=35
https://www.jpeds.or.jp/uploads/files/injuryalert/0015.pdf
クリトリス、恥骨、恥丘
クリトリス(陰核、Clitoris)は恥骨結合に固定されており、尿生殖三角の頂点に位置しています。また、恥丘にはクリトリスを支える提靭帯があります。
通常の乗り方で、サドルが水平であればクリトリス亀頭(陰核亀頭)にサドルに直接当たることはありませんが(Figure 13-A)、サドルの前部(ノーズ)が上を向いている場合はクリトリス亀頭に擦れることがあります(Figure 13-B)。
- 極端な前傾姿勢の場合
- サドルが水平ではなく上を向いている場合
- 段差や振動でサドルが恥骨に当たった場合

自転車乗車中にクリトリスまたは恥骨が常に触れて違和感がある場合はサドルの向きが水平になっているかを確認します(Figure 14)。

クリトリスは陰核亀頭だけではなく、尿道や膣を囲むように長く伸びた比較的大きな生殖器官であることが知られています(Figure 15)。陰核亀頭が直接当たらなくても、サドルの圧力によってクリトリス体部または前庭球(クリトリス球根)を圧迫することはあり、長時間乗るとクリトリスが「しびれる」「違和感が残る」と訴える人も少なくありません。

尿道口
女性の外陰部には開口部が多く、尿生殖三角には尿道口と膣口があります。しかし、いずれも坐骨結節の内側にあるため通常は強く圧迫されることはなく、尿意を我慢できるわけではありません。
自転車に乗っている最中に排尿(おしっこ)をしたくなった場合、前傾姿勢になってサドルノーズ(前の細い部分)を用いて尿道口を押します。上方向(恥骨方向)に押すことで尿道がつぶれやすく、尿意がやや弱まることがあります(Figure 16)。
また、尿道や膀胱周辺の神経が物理的に圧迫され、尿意の信号が脳に届きにくくなります。ただし、強く押しつけると痛みやしびれが出るので注意。
膀胱は圧力が高まると反射的に排尿を促すので、長時間の我慢は無理です。特に振動や段差で膀胱に衝撃が加わると、急に尿意が強くなることがあります。

膣口
膣口は膣の出入口であって、性行為の際にはペニス(Penis或いはTinko)の挿入口となり、生理の際には経血の出口となります。
膣口は坐骨結節よりやや前方にあり、正しい姿勢であれば膣口が圧迫されることはありませんが、サドルによって衣服のクロッチ部分が不規則に動き、その摩擦によって膣口周辺がしびれることがあります。そのため、自転車に乗った直後に性行為を行うと痛みを感じることがあります。
また、ナプキンが押さえられ、経血が一時的に漏れにくくなることはあります。サドルが腟口や会陰部を圧迫すると、経血が外に出るスピードがやや遅くなる場合があります。
肛門三角(後ろ)
直接当たるというよりも、サドルへの体重のかかり方や姿勢によって会陰部に間接的な圧・摩擦が加わる構造的リスクが高いです(Figure 17)。

会陰部
膣口と肛門の間にある会陰(えいん)は、左右の坐骨結節の間にある軟部組織です。体重が集中しやすく、摩擦や圧によって毛包炎やかゆみ、黒ずみなどの皮膚のトラブルが起きやすいです。
肛門、尾骨
坐骨結節周辺が痛くなるのは正しい姿勢と言えますが、それよりも後方にある肛門や尾骨が痛くなる場合は、明らかに乗車姿勢が間違っています。自転車に乗って尻が痛くなるのは坐骨結節や陰部神経の圧迫による炎症であって、肛門の痛みではありません。
姿勢が正しければ、自転車のサドルが肛門に直接当たることはないため、痔の人がサドルに乗っても痛くないと思われますが、自転車に乗ると腹筋に力を入れることで「腹圧がかかる」ことから、痔の人は自転車に乗らないほうが良いとされています。
陰部神経圧迫と性欲
股間が感じることはあるか
女性が長時間自転車に乗るとその振動により股間の性感帯が刺激を受け、性的に興奮するのではないかという噂がありますが、相当に感じやすい女性を除いて誤りと言えます。
陰部神経や周辺の皮膚が不規則に引っ張られることによって痛みを感じることはあっても、自転車の振動と女性が感じる振動の周波数は異なるため、性的に快感を得ることは難しいと考えられています。性器への強い圧迫は快感よりも不快感のほうが大きいのです。
ただし、女性が性的に興奮する周波数を発生させる電動器具をサドルに装着した特殊自転車(いわゆるアクメ自転車と呼ばれる改造車、Figure 18)であれば、性的絶頂(Orgasm)に達する可能性はあります。

性欲が減退する可能性
男性が自転車に乗りすぎると、サドルが会陰部を長時間圧迫することでペニス近くの血流が悪化し、勃起不全(Erectile Dysfunction、ED)を引き起こすことがあるというのは有名な話です。
性器領域への血流は、30分のサイクリングで大幅に減少することがありますが、サイクリング終了の15分後には正常に戻ります。通常、長時間自転車のサドルに座っていても問題はありません。ただし、性器を保護することなく自転車に乗り続けることは前述のように股間の不快感が大きく、その影響で性欲が減退することはあり得ます。
女性も正しく乗ることが大事
正しいサドル選び
日本人女性の坐骨結節間距離の平均は約11cmですが個人差があります。自転車のサドルは坐骨結節間の距離を計測して選ぶべきです(Figure 19)。

いっぱんに、女性は男性より坐骨結節間の距離が広く、サドルはそれに合わせて幅広のサドルを選ぶと女性器の痛みが少なくなります。幅の広いサドルは「女性用サドル」として販売されている場合があります。
しかし、これは一般論であって、全ての女性に当てはまるわけではありません。男性よりも骨盤の大きい女性がいたり、女性よりも尻の大きい男性がいたりするように、坐骨結節間の距離は男女間の差よりも、性別無関係の個人差が大きいことが知られています(Figure 20)。
そのため、女性だから「女性用」と言うことではなく、性別に関係なく自分の坐骨結節間距離を計測して、適切なサイズのサドルを選ぶのが良いです。

ノーズのないサドルもありますが、右折または左折するときに尻がズレやすく、自転車を制御するのが難しくなるのでおすすめしません。
股間の刺激を減らすこと
サドルだけでなく、自転車やハンドル位置を見直して、骨盤の角度を最適化して、股間への圧迫を減らします。
いくつかの研究によると、マウンテンバイクは会陰部に強い衝撃や振動を引き起こし、その部位の神経損傷のリスクを高める可能性があると示唆されています。マウンテンバイクに乗っているときに性器のあたりに痺れや痛みを感じ始めたら、自転車を降りて休憩をしてストレッチをして股間の血流を良くしましょう。ちなみに、女性は軽くオナニー(masterbation)をすると、股間の血流が良くなることが知られています(Figure 21)。
また、自転車に乗る人の体重により、自転車のシートにかかる圧力が増すことが知られています(Baran、2014)。肥満女性は自転車に乗るのを避け、ジムに行って直ちに痩せるべきです。

股間の保護とケア
女性の外陰部は特にデリケートであり、ケアをしっかり行うことが重要です。パッド付きのサイクリングショーツまたは下着を着けて、性器領域を保護することができます。
- パッド付きウェア:女性専用のパッド付きビブショーツ
- 潤滑ゼリー:外陰部用潤滑ゼリーで擦れ・湿気・雑菌繁殖を防止
- ライド後のケア:シャワー、保湿、通気性の良い下着で蒸れと菌の繁殖を防ぐ。必要ならデリケートゾーン用ソープも活用。




