最近、初心者の女性スノーボーダーを中心に「スノーボード外陰部外傷」と呼ばれる女性器の外傷が多発しています。スキー板またはスノーボードに直接女性器をぶつけることは少ないですが、板についているパーツが女性器に刺さることがあり、スキー場に近い医療機関に緊急搬送される例が多いようです。

スノーボード外陰部外傷の原因
スノーボード外陰部外傷(Vulvar Injury Caused by Snowboarding)は、スノーボードをしている際に陰部(女性器)に生じる外傷のことです。
ハイバック
スノーボードには、両足を固定するパーツであるビンディング(バインディング、Binding)がついていますが、ハイバック(Highback、Figure 1-A)と呼ばれる立ち上がったパーツがあるのが特徴です。
スキー板にもブーツを固定するための装置(スキービンディング、Ski Binding、Figure 1-B)はありますが、スノーボードはハイバックでふくらはぎを支えるため、スキーよりも大きいパーツとなっています。

リフト乗降時に転倒する
通常、ハイバックが後方に倒れる構造(リアエントリー)を持ち、足を入れてからハイバックを起こして固定する仕組みになっています(Figure 2)。

スキーの場合はリフトに乗るときスキー板を外す必要はありませんが、スノーボードは前足を固定し、後ろ足は固定せず、自由に動かせる状態にして乗ります(Figure 3)。

スノーボードは、ハイバックを立てたままでも後ろ足を外す(抜く)ことは可能です。しかし、ハイバックを立てたままリフトに乗ると、乗降時にバランスを崩して転倒した際、そのハイバックの上に尻もちをついて女性器に刺さることがあります(Figure 4)。

リフトに乗るときには必ず「ハイバックを軽く蹴ってたたむ」ように注意されるのですが、慣れていない初心者はこれを忘れてしまうのです(Figure 5)。

長野からの警告
信州大学医学部の注意喚起
長野県の信州大学医学部産婦人科(Shinshu University Hospital)は、2001年(平成13年)に「長野からの警告(Warning from Nagano)」と称する論文を発表して、全世界に向けて注意喚起をしました。長野県は日本有数のウィンタースポーツの聖地であり、スノーボード滑走可能なゲレンデがたくさんあります。
長野県内の病院には、毎年冬のシーズンになるとスノーボードのハイバックが刺さった若い女性が緊急搬送されます。
この論文は、アメリカ外傷外科学会の「The Journal of Trauma」誌に掲載されました。

Warning from Nagano: Increase of Vulvar Hematoma and/or Lacerated Injury Caused by Snowboarding(長野県からの警告:スノーボードによる外陰部血腫や裂傷の増加)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11242300/
https://journals.lww.com/jtrauma/abstract/2001/02000/warning_from_nagano__increase_of_vulvar_hematoma.21.aspx
Kanai M, Osada R, Maruyama K, Masuzawa H, Shih HC, Konishi I. The Journal of Trauma: Injury, Infection, and Critical Care 2001 Feb;50(2):328-331.
信州大学医学部附属病院
https://wwwhp.md.shinshu-u.ac.jp/
調査方法
信州大学医学部では、長野県内のスキー場近隣に位置する5つの提携病院(県立木曽病院、あづみ病院、市立大町総合病院、北信総合病院、飯山赤十字病院)において、3シーズン(1996~1997年、1997~1998年、1998~1999年)のスキーシーズン中に、スノーボード中に外陰部損傷を負った女性患者のカルテをすべて精査しました。
また、女性患者全員に対し、スノーボード経験年数、損傷時の疲労度、損傷から入院までの期間、診断時の主な訴え、スノーボード中の外陰部の損傷状況、患者の足とスノーボードのバインディングの状態、損傷後の後遺症を含む現在の状態について電話で質問しました。

手術と入院が必要な大ケガ
スノーボード中に外陰部を負傷して入院した女性患者は、過去3シーズンで合計65人でした(5つの病院の合計)。患者の年齢は17~27歳、平均20.8歳で、一般の女性スノーボーダーの平均年齢と大差はありません。一方、同時期にこれらの病院で同様の外傷を受けた男性はいませんでした。
- 1996~1997年:16人
- 1997~1998年:14人
- 1998~1999年:35人
女性器を負傷した65人の状況は次の通り。入院した65名全員の全身状態は良好で、他に外傷はありませんでした。
- 65人中、50人(77%)は受傷時に初めてスノーボードを始めた初心者であった。
- 65人中、血腫が33人(51%)、裂傷を伴う血腫が17人(26%)、裂傷が15人(23%)であった。
- 65人中、47人(72%)は外陰部の左側(左陰唇)を負傷していた。
- 65人中、45人(69%)が手術を必要とした。うち30人は手術室で脊髄麻酔下に、残りの15人は婦人科病棟で局所麻酔下に行われた。
- 裂傷の有無を問わず外陰部血腫50例のうち、血腫の長径が5cmを超える症例は44人(88%)であった。
65人中50人が初心者ということは、15人(23%)はスノーボード経験者であり、中にはインストラクターレベルの女性もいたそうです。経験者であっても女性器の外傷は起こるということです。
事故の状況
57人(88%)が、片足がボードから離れ、ハイバックが下向きではなく垂直に立った状態でハイバックに転倒して受傷していました。
- ボードを装着しているとき(4名)
- スキーリフトに乗るとき(11名)
- スキーリフトを降りるとき(42名)
Figure 3 : 論文掲載画像。スノーボーダーが、真直ぐにしゃがんだり、腰を下ろしたりして、スノーボードに転倒する危険にさらされている様子の写真
54名(83%)はスノーボードのバインディングに転倒して受傷し、バインディングを下げた状態で受傷したのは3名のみでした。
警告
この調査結果を踏まえて、信州大学は「以下の予防措置を講じ、実践する」べきだと述べています。
1. リフトに乗るときはハイバックを倒す
女性スノーボーダーはリフトに乗るたびに、ハイバックを倒して立てないようにすること。
倒すのが面倒なため、立てたままにしておく傾向があるため、スノーボーダーとスキー場のインストラクターは、すべてのスノーボーダーにハイバックを倒すように注意し、奨励する必要がある。
2. ハイバックの上に転倒しないよう努める
女性スノーボーダーは、ハイバックの上にしゃがむと外陰部の外傷を引き起こす可能性があることを認識する必要がある。したがって、転倒が偶発的なものである場合でも、ハイバックの上に倒れないように注意しながら転倒する必要がある。
両足でしっかりと立ち、雪に覆われた地面に腹ばいまたは背中で倒れるか、腰を軽くひねってハイバックの上に倒れないように努める必要がある。


3. 円盤状ステップイン型を推奨
円盤状のステップイン型バインディング(disk-shaped, step-in–type binding)を推奨する必要がある(Figure 6)。

股間と肛門の保護
女性器には重要な神経や血管が通っているため、性的快感を得るための重要な神経を傷つける可能性があるだけでなく、出血多量となります。
当サイトとして注意を追加するならば、股間と尻を保護するため、女性用インナーパッド(スノーボードプロテクター)を絶対に着用するべきです。


補足
ハイバックをたたむ理由
リフトに乗る際、スノーボードのハイバックをたたむのは、女性器外傷を防ぐ目的のほかに、ハイバック自体が破損する危険性があるからです。
リフトはもともと乗りやすくするため、乗降時に座面が低くなります(椅子が高いと乗りにくい)。そのため、リフトを乗り降りする場所のリフトの下(椅子と雪面の間)が狭く、スノーボードのハイバックが立ったままだとハイバックが挟まるか、リフトの椅子が当たってハイバックが破損してしまいます。さらに、スノーボードとともに脚も巻き込まれることがあり、極めて危険です。
そのため、リフトに乗る際には必ずハイバックを折りたたむことになっています(Figure 7)。

患部が左になる理由
病変は72%の症例で外陰部の左側に位置していました。これは左足を固定し、右足を外していたからと考えられます。
男性はバランスを崩して転倒した際、両足で踏ん張ろうとして腹ばいまたは仰向けに倒れる傾向があります。
これに対して女性はつま先を内側に向けて地面に直接しゃがむので、その結果、左足を固定したまま立ったバインディングに直接しゃがみ込み、外陰部の左側を打撲することになります。
スノーボードの婦人科的注意点 | 東日本橋レディースクリニック
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