男子の自転車選手(ロードレーサーまたは競輪選手)のなかにはサドルの圧迫や摩擦によって、2個の睾丸の後ろ側に「第三の睾丸」とも呼ばれる病変(サイクリスト結節)ができることが知られています。最近では女子選手の中にも「陰唇結節」として罹患するケースが報告されています。

サイクリスト結節(陰唇結節)
股間の良性のしこり
サイクリスト結節(Cyclist’s Nodule)は、バイカー結節(Biker’s Nodule)とも呼ばれ、サイクリストの股間にできる良性の皮膚の盛り上がりです(Figure 1)。悪性腫瘍ではないので生命にかかわる病気ではありません。
長距離サイクリストや競輪選手など、サドルで股間が長時間・繰り返し圧迫されることで、皮下組織に慢性的な刺激が加わり、本人が気が付かない程度の微小な外傷が繰り返され、硬結(硬いしこり)が形成されます。
正式名称は、会陰結節性硬結(Perineal Nodular Induration、PNI)です。

女性は大陰唇でも起こる
男性の場合は、睾丸(金玉、Golden Balls)と肛門(Anal)の間の会陰(Perineum)に発生します。症状がひどくなると睾丸と同じ大きさになることから「第三の睾丸(Third Testis of cyclists)」または「副睾丸(Accessory Testicles)」と呼ばれることがあります。
これに対して、女性のサイクリスト結節は会陰だけではなく大陰唇(Labia Majora)にもできることが知られています。女性の大陰唇は、陰裂(マンコの割れ目、Genital Cleft)によって左右に分かれており、片側だけ腫れる場合もあれば両側が腫れる場合もあります(Figure 2、Figure 3)。女性の場合は第一または第三の睾丸ではなく陰唇結節と呼ばれることがあります。
女性については、症状の特徴の無さと文献報告の少なさから診断が難しく、皮膚科医や婦人科医に十分に認識されていない状況です。


症例が報告されたのはごく最近
男性のサイクリスト結節が初めて医学論文として報告されたのは、1988年(昭和63年)のことです。その後、男性のサイクリストについては多くの症例が報告されましたが、女性についての研究はほとんどありませんでした。
Perineal nodular indurations (“accessory testicles”) in cyclists. Fine needle aspiration cytologic and pathologic findings in two cases(サイクリストにおける会陰部の結節性硬結「副睾丸」。2症例における穿刺吸引細胞診および病理学的所見)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/3336958/
P.N. Vuong, P. Camuzard, M.F. Schoonaert Acta Cytologica, 1988 Jan-Feb;32(1):86-90.
2002年(平成14年)、オーストラリアのスポーツ・運動医学の医師であるデイビッド・ハンフリーズ医学博士(Dr David Humphries、Figure 4)は、女子自転車競技選手4名の片側外陰部肥大についての研究を発表し、女性にも「サイクリスト結節」があることを示唆しました。これは初めて女性のサイクリスト結節に言及した論文であり、リンパ腫などとは異なり、外陰部への繰り返しの微小外傷が病変の原因である可能性が高いと述べています。

Unilateral vulval hypertrophy in competitive female cyclists.(競技女子サイクリストにおける片側外陰部肥大)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/12453843/
Humphries D. Br J Sports Med. 2002 Dec;36(6):463-4.
病因
医師や専門家の間では、女性器の長期的な腫れは、圧迫による外傷によるものだという見解で一致しています。サイクリスト結節は、股間のうち主に尿生殖三角(Urogenital Triangle、Figure 5)の領域に起こる病変です。

浅会陰筋膜(せんえいんきんまく、Superficial Perineal Fascia、Figure 6、Figure 7)は骨盤底の尿生殖三角を覆う筋膜であり、女性は尿道と膣を締める役割があり排尿を調節する機能があります。サイクリスト結節は、尿生殖三角が圧迫され、浅会陰筋膜が断続的に圧迫と振動を受けると、浅会陰筋膜が剪断され、偽腫瘍性病変が生じると考えられています。
女性では、リンパ浮腫やサイクリスト外陰部症候群を併発する可能性があります。


海外の症例報告の例
女性が男性に比べて研究論文・症例報告が少ないのは、女性患者が少ないのではなく、医療機関に受診する女性が少ない(我慢している)ためです。最近の研究でも完全には解明されていません。
15歳の女子でも起こる(2011年、アメリカ)
発生する結節の大きさは様々で、サドルを通して過度の圧力を受けると痛みや不快感を引き起こします。サイクリストの中には、腫れの最大直径60mmにも及ぶ陰唇結節を呈する人もいます。
アメリカ外科病理学誌(The American Journal of Surgical Pathology、Mc Cluggage et al. 2011)に掲載された2011年の研究では、15歳から45歳までの競技女子サイクリストに発生した外陰部結節または腫脹の4症例が報告されました。サイクリスト結節は、外陰部の反応性線維芽細胞および筋線維芽細胞の増殖による偽腫瘍性病変であり、他の様々な病変(悪性腫瘍、リンパ節腫脹、動脈瘤・静脈瘤、嚢胞、尿道病変、ヘルニアなど)と誤診される可能性があると述べています。
- 症例1:45歳女性、大陰唇の腫れ、直径20mm(2週間)悪性腫瘍の疑い、外科的切除、再発なし
- 症例2:15歳女性、大陰唇の腫れ、直径50mm(12ヶ月)外科的切除、7ヶ月後に再発
- 症例3:18歳女性、大陰唇の腫れ、直径50mm(12ヶ月)痛みにより外科的切除、再発なし
- 症例4:19歳女性、大陰唇の腫れ、直径60mm、痛みにより外科的切除、再発なし
Reactive fibroblastic and myofibroblastic proliferation of the vulva (Cyclist’s nodule): a hitherto poorly described vulval lesion occurring in cyclists(外陰部の反応性線維芽細胞および筋線維芽細胞の増殖「サイクリスト結節」これまで十分に説明されていなかったサイクリストに発生する外陰部病変)
https://journals.lww.com/ajsp/abstract/2011/01000/reactive_fibroblastic_and_myofibroblastic.13.aspx
W.G. McCluggage, J.H. Smith. Am. J. Surg. Pathol., 35 (1) (Jan 2011), pp. 110-114
ヘルペスと誤診された例(2023年、フランス)
フランスの47歳女性は、1年前から両側外陰部の浮腫があり、2023年3月に受診しました(Figure 8)。当初は外陰ヘルペス感染症と診断され、1年間治療を受けましたが、改善は見られませんでした。彼女は25年間、長距離自転車競技に出場していました。左側外陰部の腫脹は断続的で、激しいトレーニングにより悪化していました。
両側外陰部に小穿刺痕および毛包炎を伴う対称性の腫脹が認められましたが、浮腫は大陰唇に限局しており、小陰唇やクリトリスへの浸潤、基礎リンパ管奇形、リンパ節腫脹はいずれも確認されませんでした。

Unilateral vulval swelling in a cyclist: A case report(サイクリストにおける片側外陰部腫脹:症例報告)
https://www.jaadcasereports.org/article/S2352-5126(24)00266-2/fulltext
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11401042/
Aljuhani F, Arnault JP, Chaby G. JAAD Case Rep. 2024 Jul 23;52:16-17.
すぐにサイクリスト結節と診断できた例(2023年、スイス)
スイスの57歳女性サイクリストは、右大陰唇の腫瘍性腫脹により疼痛および圧痛があり、過去数年間で大きくなったことから受診しました(Figure 9)。検査の結果、サイクリスト結節と診断され外科的切除手術が実施されました。術後は、サドルをさらに調整して、自転車での不快感を感じなくなったと報告しました。
この研究論文では、サイクリスト結節の診断では患者の病歴と臨床所見を組み合わせることが鍵となること、サイクリングの人気が高まるにつれてサイクリング関連疾患も増加しており、医療従事者はこの疾患を徹底的に理解することが不可欠であると述べています。

Biker’s nodule in women: A case report and review of the literature(女性におけるバイカー結節:症例報告と文献レビュー)
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10502335/
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2214911223000632
Egli H, Totschnig L, Samartzis N, Kalaitzopoulos DR. Case Rep Womens Health. 2023 Sep 1;39:e00539.
治療方法
気になる場合は婦人科へ
時間の経過とともに腫れが大きくなる場合には、我慢せずに皮膚科または婦人科の医師に相談したほうが良いです。
まずは、良性か悪性か、感染症か性病かなど、マンコの腫れの原因を医学的に鑑別する必要があります。「サイクリスト結節」と断定するには精密な検査が必要なため、美容目的つまりマンコの見た目をキレイにしたいという希望であっても、美容整形外科ではなく、婦人科のほうが望ましいです。
保存的治療(第1選択)
サイクリスト結節はサドルによる慢性刺激でできる良性の線維性硬結(しこり)であり、がん化(悪性腫瘍化)することはありません。そのため、手術をせずにそのまま放置しても問題はありません。赤みのある腫れがあれば、冷却して自転車に乗る時間を減らします。基本的に女性がサイクリスト結節になるのは、自転車の乗り方(姿勢)と股間の保護が不十分であることが原因であり、それを直さなければ手術をしても再発します。
- サイクリング時の姿勢の改善
- サドルの変更(カットアウト、幅広サドルなど)
- パッド付きサイクリングパンツ
- 皮膚の保護(クリームなど)
外科的治療
サイクリスト結節の症状が強い場合、痛みがある場合、しこりがだんだん大きくなる重症例の場合は、外科的切除手術が選択されることがあります。ただし、手術によって陰部の重要な神経を傷つけるおそれがあるため、保存的治療で改善せず、痛みや競技への影響が大きい場合に限られます。

予防・対策
多くの女子サイクリストにとって、この症状の予防は不可欠です。
サドル選び
サドルによる痛みは、間違ったサドルに乗っているか、自転車のフィッティングが間違っていることが原因である可能性があります(Figure 11)。極端なケースでは、合わないサドルで長距離を1回乗っただけで、永久的な損傷を引き起こす可能性があります。サドルで尻やマンコが痛くなるのは当たり前のことではありません。特に、骨のない部分に痛みがあるのは正常ではありません。

女性は一般的に坐骨(正確には坐骨結節間距離)が広く、サドルが狭すぎると軟部組織に圧力が集中する可能性があります。サイクリスト外陰部症候群の女性にとって、サドルの選択は非常に重要です。
圧迫を分散するカットアウトサドルやノーズ短めの女性用サドルを使うと痛みが軽減される可能性がありますが、必ずしも「女性用サドル」が本当に女性に合うとは限りません。女性の中には、シートの中央の凹みが小さすぎたり、比較的鋭いエッジがあったりすると、不快感を覚えることがよくあります。
パッド付きショーツ
通常の下着や服ではサドルとの間の摩擦、もしくは下着のクロッチ部分の縫い目が女性器に当たることによって、女性器に微小の傷がつきます。これを繰り返すことによって炎症が起きます。女性が通常のパンティを着用しながら長時間、自転車に乗るのは避けるべきです(Figure 12)。
最近は、女性の股間を保護するための自転車女子専用パッド付きショーツ(女性用サイクルパンツ)があります。女性用に調整され、女性器に合わせてわずかに波打った生地で作られたショーツを下着なしで着用するのがおすすめです。

補足
坐骨結節とは異なる
坐骨結節(ざこつけっせつ、Ischial tuberosity或いはTuber ischiadicum)は骨盤の下部にある左右に2つ突出した硬い骨の出っ張りで、人間が椅子や床に座るときに体重を支える重要な接地点です(Figure 13)。「坐骨結節」は疾病ではなく身体的部位の名称です。

サイクリスト外陰部とは異なる
女性器には神経、血管、リンパ管が豊富に存在します。長時間の繰り返しの圧迫はリンパ管の異常を生じさせ、大陰唇の片側だけ肥大する「サイクリスト外陰部症候群(Cyclist’s vulva、Figure 14)」と呼ばれる女性特有の症状となることが知られています。

しかし、最近ではリンパの異常(サイクリスト外陰部症候群)だけでなく、サドルに接触する皮膚や皮下筋膜(浅会陰筋膜)への反復性の微小外傷によって、男性の第三の睾丸と同じように硬いしこりができることが分かっています。