女性の守護神ヘラ
女子スポーツは数千年前から行われていたことが分かっています。観客を入れて「競技」の形で行われたのは約3000年前です。
歴史的資料が残っている世界初の公式女子スポーツ競技会は、紀元前6世紀にギリシャのオリンピアの競技場で開催されていたヘライア祭(へライアン競技大会)です。ヘライア祭はギリシャ神話の女神「ヘラ」に捧げられたもので、女子のみが参加することができた陸上競技大会です。
古代ギリシャ神話のヘラ(Hera)は、全知全能の神ゼウスの2番目の妻で、オリュンポス12神の一人であるとともに最高位の女神とされています。結婚、家族、出産の神、女性の守護神であり、「神々の女王」として他の神々からも尊敬の念を持って扱われます。ヘラは、ヘレ、ヘーラー、ヘーレーと呼ばれることもあります。英雄=ヒーロー(Hero)の語源とも言われています。
全知全能の男神ゼウスは、掟の女神テミスと結婚していましたが、結婚の女神ヘラに魅了され、テミスと離婚してヘラと結婚しました。
下図 Figure 1 は、イタリア・ポンペイ遺跡の古代フレスコ画に描かれたヘラの肖像画です。
下図 Figure 2 は、ギリシャのヘラ像を摸して造られた紀元前2世紀頃のコピーです。頭にベールをかぶり、絶大な権力を象徴する王冠と王笏(おうしゃく)を持っています。
ヘライア祭
ヘライア祭とへライアン競技大会
ヘライア祭(Heraea)は、女神ヘラの栄誉を讃える祭典として、古代オリンピックが行われた競技会場と同じスタジアムで4年ごとに開催されました。古代オリンピックがゼウスを称える男子限定の競技大会であったのに対して、ヘライア祭では女子選手限定のへライアン競技大会(Heraean Games)が行われました。
へライアン競技大会は人類史上初の公式女子スポーツイベントです。へライアン競技大会では短距離走(ランニング競技)のみ行われたようです。スタジアムには男子用と女子用の2つのトラックがあり、男子用トラックの長さは約192メートル、女子用トラックの長さは約160メートルであったと考えられています。
へライアン競技大会の勝者にはオリーブの枝で作られた冠と、ヘラに対して生け贄として捧げられた雄牛の肉が贈られました。古代ギリシャ人は、生け贄の動物の肉を食べると勝者に力が与えられると信じていました。また、勝者にはヘラに肖像画や彫像を奉納したり、ヘラ神殿の柱に自分の名前を刻んで名を残す権利も与えられました。
ヘライア開催の理由
古代のギリシャ人は男性も女性も、自分の体を鍛えることによって神に近づけると信じていました。
へライアン競技大会で勝った少女は「今年のヘラ」と呼ばれ、オリンピックの勝者である若者は「今年のゼウス」と呼ばれました。ヘライアが開催された理由として最も可能性が高いのは、ヘライアの若い処女とオリンピックの若い勝者の神聖な結婚を祝うことだったと考えられています。
また、古代ギリシャの女性は体力を非常に重視していました。特に、古代ギリシャ最強の都市国家スパルタでは、強い女性は強い戦士になる子供を生むという考えが一般的だったため、男子と同じ訓練を受けて競技していました。女子選手を3つの異なる年齢カテゴリーに分けて競技をしていたため、思春期の儀式または結婚前の儀式であった可能性もあります。
女狩人アタランテー
徒競走で結婚した話
競技会に勝った男子と女子が結婚する話はギリシャ神話にも登場します。
狩猟をして暮らしていた女狩人アタランテーは、幼いころから足が速く、成長しても結婚せずに処女を守っていました。アタランテーは、アキレウスの父親ペーレウスとレスリングして勝ったとされています(Figure 3)。
アタランテーは結婚を望んでいませんでしたが、求婚者が後を絶たなかったので、父親の提案により競走で結婚相手を決めることにしました。求婚者たちを追い払うために、アタランテーは求婚者と徒競走をして、勝ったら結婚をするが、負けたらその求婚者を殺すことを条件としました。そして、多くの求婚者は彼女に敗れて命を落としました。
求婚者の1人ヒッポメネスは、愛と美を司る女神アプロディーテー(ゼウスの娘)に助けを求めたところ、アプロディーテーは3つの黄金の林檎を渡しました。レースが始まると、鎧を着て武器を持ったアタランタが遅れてスタートし、すぐにヒッポメネスを追いつきましたが、アタランテーが追い抜こうとするたびに黄金の林檎を後ろに投げ、アタランテーが林檎を拾っている間にヒッポメネスが先にゴールしました(Figure 4)。
これによって2人は結婚することになりました。
右の乳房を露出した服装
へライアン競技大会に出場できたのは女子選手のみで、しかも6歳から18歳前後までの未婚の女性(処女)限定であったと考えられています。当時の女子選手は髪を垂らし、古代ギリシャ人が着ていたキトン(Chiton)と呼ばれる右肩と右胸を露出した膝上丈のチュニックワンピースを着ていました。
下の大理石の像 Figure 5 は、「チュニックを着て走るギリシャの少女の像アタランタ(statue of a young girl Atalanta)」の古代ローマ時代のコピーで、オリジナルは紀元前6世紀頃のものと考えられています。前述のアタランテーとも関連があると考えられています。
下図 Figure 6 は、セルビアのプリズレンで発見された、紀元前520年~500年ごろの「走る少女の銅像(Bronze figure of a running girl)」です。右の乳房を完全にさらけ出した格好で走っていたことが分かります。
この格好は、ギリシャ神話に登場する女性戦士のみで構成された女子狩猟部族アマゾーン(アマゾネス)の戦闘服が元となっています(Figure 7)。
また、現代においても「スポーツ ポロリ」といったキーワードで画像検索をすることにより、片方の乳房を露出する女子選手の画像を見つけることができます(Figure 8)。
オリンピック聖火の採火式
オリンピアのヘラ神殿
古代ギリシアの女性は女神ヘラを崇拝していました。
ヘラ神殿(ヘライオン)はヘラをまつった神殿で、多くのギリシャの都市国家に建造されました。ヘラ神殿のうちオリンピアの神殿は紀元前600年頃に建造されました(Figure 9)。
採火式はヘラ神殿で行われる
オリンピック聖火(Olympic Flame)の採火式とセレモニーは、古代オリンピック発祥の地、ギリシャ南部のオリンピアにある古代オリンピア競技場とヘラ神殿の遺跡で行われます。
ヘラ神殿の遺跡では、古代の衣装に身を包んだ巫女(みこ)にふんした11人の女優が、神殿の前にある祭壇跡でギリシャ神話に登場する太陽神アポロンに呼びかけ、凹面鏡を使って太陽光を集めて、聖火となる火を採ります。セレモニーには、国際オリンピック委員会(IOC)、開催都市のオリンピック組織委員会、ギリシャオリンピック委員会などの関係者が出席します(Figure 10)。
古代オリンピック
古代オリンピックは紀元前776年、全能の神ゼウスを崇める聖なる祭典として現在のオリンピア市で始まったとされています。ギリシャ神話ではプロメテウスが天界の火を盗んで人類に火を与えたと考えられています。古代オリンピック開催期間中は、ゼウスとヘラの神殿に火がともされ、ゼウスを称えました。